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読書録&にっき

『イスラームから世界を見る』

今回は、前回の本と並行して読んでいた『イスラームから世界を見る』内藤正典(ちくまプリマ―新書)です。

 

イスラームから世界を見る (ちくまプリマー新書)

イスラームから世界を見る (ちくまプリマー新書)

 

 

 

ちくまプリマ―新書は、「プリマー(primer)が「初歩読本、入門書」を意味する通り、ヤングアダルトを対象とした新書である。」(ヤングアダルトとは、20歳から40歳に当たるそうです)という意味からも分かるように大人の教養書といったところでしょうか。ちくま新書と姉妹本で創刊数は少ないですが(私の感覚です)、装丁がとても私の好みなのでちょくちょく手に取ります。(買うとは言ってない)

世界を見る、と題していますが地理的な舞台の大半はイスラーム世界若しくは、その周辺国との関係を中心に論じています。ただし、この話をするうえでイギリスやフランスなど帝国主義国の登場は当然あります。

第一章は、読み出しには最適、一般的なイスラームに対する見方に対して本当はこうなのだよ、ということを教えてくれる内容です。例えば、「ジハード(聖戦)」についていえば、「信徒が命の危機に瀕していると考えれば、戦いによって信徒を守れと神が命じていること」と説明されています。さらに、イスラームが暴力的であることを明確に否定しています。理由なき殺人については厳格な規定があること、またムハンマドがそうであったようにイスラームは商人の宗教であるということなどイスラームの平和的性質と、「キリスト教そのものは、平和と愛を説き、イエス自身も徹底して非暴力の精神で、十字架に掛けられて殺され」たにも関わらず、「キリスト教徒は延々と戦争と暴虐を繰り返して」きたことなど、イスラームに対して否定的な立場のキリスト教徒に対する批判を根拠としています。キリスト教徒への批判も辛辣なところがありますが、教義を守らないイスラームに対しても所々で批判を展開しているあたりは、白黒はっきりさせるというより現状のイスラームに関する諸問題がより複合的であることを示しています。

第二章では、「イスラームの世界地図」と題し、イスラームの歴史を誕生から現代まで論じています。ここでは、ヨーロッパ的な見方がイスラームの考え方とは合わないことを折に触れて紹介しています。

第三章では、アラブの春、第四章ではイスラームと民主主義を扱います。我々日本人もアラブの春をなんとなく肯定的に見る人々が多いのではないでしょうか。少なくとも、私はそうでした。偏見にまみれた自身の考え方を基に、これからはより開かれた平等な社会が浸透するだろうなんて思っていました。どこかの本で読んだのは、民主化の第三の波なんて言われていました。しかし、実態はそうでもない、というのが筆者の主張です。何も彼らが行った民主主義が間違った(ヨーロッパのものと違う)と言っているわけではありません。ヨーロッパの政教分離に代表される民主主義がイスラームの浸透した地域には合わないということです。そもそも、イスラームは法的項目を設けていて、その順守をムスリムイスラーム信徒のこと)に求めている以上、政治がイスラームを離れて独自に犯罪を規定する法律を作ること自体が神に反抗することになりうるのです。これは極端な例ですが、我々が常識とも考えている政教分離でさえ、イスラームの浸透した地域では適合しえないということのようです。ただし、イスラーム流の民主主義を目指すべきとも主張しています。

第五章では、世俗主義国家とイスラーム国家について述べています。世俗主義国家は、ざっくりいえば宗教と運営を切り離した国家と言えます。もっとも顕著な国が、フランスです。政治のみならず、服装についても公衆の前に晒される場合は宗教的服装には罰則規定が設けられています。(そう言った中でフランス国籍のムスリムはなかなか順応できてきていないとも書かれています。)第三、第四章でヨーロッパ式の民主主義がイスラームの浸透した地域では合わないと書きました。ここではトルコが世俗主義的な民主主義を実施した後、イスラーム的な民主主義を成立させた国として紹介されています。トルコの歴史的な展開を探ることでイスラーム的な民主主義とは何かという具体的な形が見えてきます。

第六章は、アメリカとアフガンのタリバンとの関係、第七章はヨーロッパとイスラームの関係を扱います。ウサマ・ヴィンラディンをかくまうアフガニスタンの論理が、パシュトゥン・ワリという日本語でいう仁義に似たような考えで行われたこと、タリバンは広い目で見るとアメリカが生み出した組織であり、またアフガニスタンの現在の混乱もアメリカによるものであることが事実の羅列と共に解説されています。ヨーロッパとの関係では、ヨーロッパに住んでいるムスリムの立場について、アルメニア問題について述べられています。私自身がアルメニア問題については全く知らなかったですが問題の経緯もかなり理解できました。

 

イスラームに対する理解不足・理解しようとする意欲不足が今の問題を生んでいるのではないか、というのが本を読み終えた段階で私の認識です。西欧の民族主義、民主主義が自分たちに適合しているからそれは正しいものでどこでも利用可能であるという認識がどこかにあるのかもしれません。そもそも、日本にも西欧式の民主主義導入の反動は来ているはずです。導入のために、アメリカのソフトパワーに屈し、日本文化が少しずつなくなってしまうことは一つの反動としてもよいのではないでしょうか。私たちは人間の多様性を論じる一方でどこか中途半端なところでその考え方の利用を辞めてしまっているのかもしれません。殊、宗教については。日本人のように神を持たない人々の方が特殊であるということを認識し、グローバル展開を標榜する日本人である以上他国・他者の考え方の基盤に触れてみるのは必要なことでしょう。